こんにちは、船山内科の船山です。この記事では、がん治療中における糖尿病管理の実践的な対応についてお伝えします。前回の記事では、血液がんを例に、ステロイドによる高血糖や化学療法の影響についてご説明しました。今回は、実際の管理方法や注意点、治療中に起こり得る急性合併症への備えについて、もう少し踏み込んで解説します。
がん治療に伴う糖尿病管理では、状況に応じて迅速かつ柔軟な対応が求められます。ここでは、管理の柱となる4つの視点をご紹介します。
化学療法やステロイド治療を受けると、血糖値は大きく変動します。インスリンの定期投与だけでは対応しきれない場合、カーボカウントや修正ボーラスの活用が必要です。さらに、著しい高血糖が続く場合は、シリンジポンプによる静脈的なインスリン投与が検討されます。
治療の副作用によって食欲不振や食事量の減少が起こると、血糖値の調整が難しくなります。患者さんごとに異なる状況に応じた栄養計画と、それに連動したインスリン調整が重要です。
医師、看護師、薬剤師、栄養士などが連携し、患者さん本人も可能な範囲で自己管理に関与することが望ましいです。特に、極度の喉の渇きや頻尿といったサインに早期対応する体制が、重篤な合併症の予防につながります。
糖尿病とがん治療、それぞれの影響を患者さん自身が理解することで、治療方針への納得や自己管理への意欲が高まります。日常生活も見据えた管理計画を医療者と共有しておくことが、急変時にも役立ちます。
たとえばR-CHOP療法など、血液がんで用いられる治療は高用量のステロイドを含みます。これにより、インスリン抵抗性が高まり、高血糖が引き起こされます。また、吐き気や嘔吐、倦怠感といった副作用によって食事摂取が不安定になると、血糖の急変を招きやすくなります。
がんと糖尿病の併存は、免疫力を大きく低下させます。高血糖は感染症のリスクを高め、がん治療の継続にも影響を与えかねません。代謝変化を見越して、血糖管理は治療の初期段階から意識して行う必要があります。
カルボプラチン、パクリタキセル、そしてステロイド製剤など、一部の抗がん剤は血糖を上昇させる作用があります。これらの薬剤を使用する際は、投与スケジュールと血糖モニタリングのタイミングを密に連動させることが重要です。
認知機能が低下した方や、インスリン自己注射が困難な方では、周囲の支援体制が不可欠です。実際に、認知症がある高齢患者さんがインスリン自己管理を行えず、化学療法中に高血糖管理が難航した症例もあります。
通常の定期投与でコントロールが困難な場合は、カーボカウント(食事の炭水化物量に応じたインスリン量の調整)やコレクションボーラス(血糖値の修正投与)を併用します。それでも改善が見られないときは、シリンジポンプによる持続静注が行われることもあります。
参考文献:
ステロイドは以下の作用を通じて血糖値を上昇させます:
さらに、ステロイドの種類によって作用時間や血糖ピークのタイミングも異なるため、それぞれの特性に応じた対応が必要です。
ステロイド名 | 作用時間 | 血糖上昇開始 | 血糖ピーク | 持続時間 |
ヒドロコルチゾン | 短時間型 | 1~2時間 | 2~4時間 | 6~8時間 |
プレドニゾン | 中時間型 | 2~4時間 | 4~6時間 | 12~16時間 |
メチルプレドニゾロン | 中時間型 | 2~4時間 | 4~8時間 | 16~24時間 |
デキサメタゾン | 長時間型 | 4~6時間 | 8~12時間 | 24~48時間 |
自験例としてデキサメタゾン投与中に食思不振となり、エドルミズを服用して糖尿病ケトアシドーシスを発症した症例を日本糖尿病学会学会誌に報告しています。
(参考:https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/67/6/67_252/_article/-char/ja/)
最近では、免疫チェックポイント阻害薬による急性高血糖や、1型糖尿病の発症も報告されています。糖尿病未診断だった患者さんが、治療を契機にケトアシドーシスを起こした症例も確認されています。
糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)や高浸透圧高血糖症候群(HHS)といった急性合併症は、早期発見・早期対応が鍵です。血糖の急激な上昇や脱水兆候、意識変容などがあれば、すぐに医療機関にご相談ください。
がん治療中における糖尿病管理は、治療成功にも直結する重要な要素です。患者さんご自身と医療者が一緒に、日常生活を含めた管理計画を共有することが、合併症予防と生活の質の維持に役立ちます。個別に状況が異なりますので、お困りの際は糖尿病専門医やかかりつけ医にご相談ください。